大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所尼崎支部 昭和51年(ワ)162号 判決

原告(反訴被告)

日本運送株式会社

被告(反訴原告)

太田こと千甲炳

主文

1  本訴原告(反訴被告)の請求を棄却する。

2  反訴被告(本訴原告)は反訴原告(本訴被告)に対し金九、七九一、五三一円及び内金九、一九一、五三一円に対する昭和四八年四月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  反訴原告(本訴被告)のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを二分し、その一を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

5  この判決は第2項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴

(請求の趣旨)

1 本訴被告は本訴原告に対し金四、一二八、七八四円及びこれに対する昭和五〇年二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は本訴被告の負担とする。

3 仮執行宣言。

(請求の趣旨に対する答弁)

1 本訴原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は本訴原告の負担とする。

二  反訴

(請求の趣旨)

1 反訴被告は反訴原告に対し金三三、八〇五、〇〇〇円及び内金三二、八〇五、〇〇〇円に対する昭和四八年四月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

3 仮執行宣言。

(請求の趣旨に対する答弁)

1 反訴原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

Ⅰ  (本訴)

一  請求原因

1 (本件事故)

本訴原告(反訴被告、以下単に原告という)は運送業務を主たる営業目的とする株式会社であるが、訴外橘田求を運転手として使用していたところ、右橘田が次の交通事故(以下、本件事故という)を起して被告に傷害を与えた。

日時 昭和四八年四月二三日午後三時三〇分頃

場所 神戸市垂水区押部谷町木田九二四ノ七先路上

加害者 橘田求

加害車両 いすゞ四四年式 神戸一き一三三六

被害者 本訴被告(反訴原告、以下単に被告という)

2 (事故の状況)

右加害者は加害車両を運転し東から西に向つて時速三五粁で進行していたところ、本件事故現場は北側(東から西に向つて右側)半分の道路工事中で一方通行となつており、道路左端で立話しをしている二人を確認し、注意を払い更に速度を落し進行車線北寄りを進行中、立話し中の一人(被告)が加害車が至近距離に接近した時急に後退してきたので、ブレーキをかけハンドルを右に切つて逃げたが間に合わず、加害車左前フロントパネル附近を被告の後頭部に接触させてしまい、その結果被告は道路ガードレールに当つて重傷を負つた。

3 (傷害の程度及び治療の経過)

このため被告は頭部外傷Ⅲ型、頸部捻挫、右第二・三・四・五肋骨骨折、左膝関節血腫、両肘・右手・左膝打撲、右大腿骨転子下骨折の重傷を受け、

(一) 直ちに明石市の宗野病院に入院し、

(二) 翌昭和四八年四月二四日から昭和四九年一月一七日まで青木外科病院に入院し、

(三) 翌一八日より同年二月二四日まで関西労災病院に通院し、

(四) 翌二五日から同年三月二七日まで立花病院に入院し、

(五) 翌三月二八日から同年五月三一日まで立花病院に通院し、

(六) 翌六月一日から同年七月六日まで立花病院に再度入院し、

(七) 翌七月七日から同年八月二日まで立花病院に通院し、同日症状固定の診察を受けて退院した。

既ちその診療日数は次のとおりとなる。

(A) 診療日数は昭和四八年四月二三日から昭和四九年八月二日まで四六七日間

(B) 要休業日数は昭和四八年四月二四日から昭和四九年八月二日まで四六六日間

(C) 入院日数は青木外科病院と立花病院の入院再入院を含めて合計三三七日間

(D) 通院期間は関西労災病院と立花病院で合計一三〇日間で、実通院日数は九八日

4 (原告の支払金)

原告会社は、右訴外橘田求に代つて、被告の請求により次の金額を損害賠償金として支払つた。

(一) 被告の右診療費として金四、四四〇、四四七円

(二) 同看護料として昭和四九年六月二七日までに金六六五、三八二円

(三) 同休業損の賠償として昭和四九年八月二三日までに金六、五〇五、〇〇〇円

(四) 通院費用として昭和四九年八月二日までに金一七六、五九〇円

(五) 附添人ふとん代として金二二、〇二〇円

(六) カラーテレビ・イヤホーン・タイムスイツチ及び雑費並びに時計代として金二九二、一〇二円

以上合計金一二、一〇一、五四一円を原告は被告に支払つた。

5 (被告の損害金額)

(一) 治療費 金四、四四〇、四四七円

右金額は原告が病院に直接支払つたものであるから認める。

(二) 看護料 金六六五、三八二円

右金額は原告が看護婦に直接支払つたものであり、職業看護婦に支払われたものであるから認める。

(三) 休業損 金二、四〇三、一八二円

右休業損については被告の収入を証明する確定的な材料となる資料はなく、乙第一ないし第三号証、第六号証の一ないし一一、甲第二五号証によつても不明確であるから、昭和四八年度の賃金センサスにもとづき休業中の休業損を算定すべきであると信ずる。昭和四八年度の三八歳の男子の平均賃金は賞与を含めて一ケ年金一、八七八、二〇〇円であるから三六五日で割出し、休業日数四六七日を乗じて算出すると、金二、四〇三、一八二円となる。

(四) 後遺症逸失利益 金五、九五九、二〇四円

被告の後遺症は一一級であるから将来の労働能力喪失率は二〇%と考えるべきである。事故当時三八歳である被告は今後二五年間毎年二〇%の収入減があり、そのホフマン係数は一五・九四四である。したがつて、年収一、八七八、二〇〇円に一五・九四四を乗じた金額の二〇%に当る金五、九五九、二〇四円が後遺症による逸失利益である。

(五) 通院費用 金四九、〇〇〇円

右通院実日数は九八日であるから一回金五〇〇円として計算した。

(六) 入院雑費 金一六八、五〇〇円

入院日数三三七日一日金五〇〇円として計算した。

(七) 慰藉料(入・退院分) 金一、〇九五、〇〇〇円

被告は重傷であり入院一一ケ月通院五ケ月として昭和四八年当時の日弁連交通事故センターの統計グラフによつて算出する。

(八) 慰藉料(後遺症分) 金六〇〇、〇〇〇円

被告の後遺症は一一級であるから右金員が相当である。

以上合計金一五、三八〇、七一五円

6 (被告の過失―過失相殺)

以下(一)ないし(五)の諸事情を勘案すれば、本件事故につき被告にも五割の過失がある。

(一) 加害車両の急制動に入る前の速度は時速四〇粁を相当下廻つて三五粁程度であつたものと思われる。このことは、現場が下り勾配のところで、加害車が空車で地面との摩擦が少ない状態であつたにもかかわらず危険を感じた点から停止した点迄の距離が一七・一米で時速四〇粁の基準以下であることから明らかである。

(二) 被告と訴外冨山宗政とは工事現場の片側通行車線上で佇立立話しをなし、加害車両が八・五米に接近した時被告が左後方の交通に全く注意を払わないで突如急に後ろ向きのまゝ後退を初めたため本件事故が発生している。

(三) 工事中の青と赤の信号機を設置しておきながら本件事故当時それを使用していなかつた(冨山宗政の証言)。

(四) 本件事故現場は神戸市と三木市を結ぶ幹線道路であり、実況見分当時車両交通量は一〇分間に一〇〇台あつたのであるから一分間一〇台の交通量があつたものである。しかも幹線道路であるから何時大量の交通量があつたりするかもわからないのであるから、被告としては少くとも一人又は二人の交通規制を行う専門員を配置しておくべき注意義務があつたのに、この注意義務を尽していない。すなわち、道路使用の許可条件がどの様に指定されていたかは不明であるが、工事が県道のアスフアルトの斫作業で二乃至四台のコンプレツサーの音が非常にやかましい状態であるうえ、被告使用の作業トラツクの出入や、狭い作業場に一〇人余の作業員が作業をしていたのであるからその作業員らの保安のためにも当然被告としては専属の交通規制人を配置すべき業務上の注意義務があつてしかるべきであるにかかわらず、全くこの措置をとらなかつたのは重大な過失である。現場の作業員全員が騒音の為本件事故の衝突音やスリツプ音にも気付かなかつた状態であつたことは作業員の証言によつても明らかである。もし専属の交通整理員が出ていて徐行等の合図や赤旗を振つていれば加害車運転手も徐行減速等適宜の処置をとつておつたことは容易に推測できる。かかる措置がとられていなかつたために加害車の先行車も減速しないで被告の後方を通過したのを現認して、橘田は若干減速して通過せんとしたところ突如至近距離で被告が後退を始めたため本件事故が発生したのである。

(五) 被告が立話しをしていた場所は、道路左端とはいえ一方通行車線上である。本件事故現場の道路北半分は工事中であつたのであるから所要の立話しは、北半分の走行車線でないところですべきであつた。

したがつて、原告が被告に対し支払うべき損害賠償金額は、多くとも、被告の前記損害金額一五、三八〇、七一五円の五割に相当する金七、六九〇、三五七円を超えることはない。

7 (原告の過払金―被告の不当利得金)

したがつて、原告が今までに支払つた合計金一二、一〇一、五四一円から右金七、六九〇、三五七円を差引いた金四、四一一、一八四円を原告は過払いをしたことになる。すなわち、被告は右金員を不当利得したことになる。右過払いは被告の強い要求により止むことをえない必要不可欠の賠償額であると信じて原告は支払つたのであるが、原告が今になつて被告の治療期間・休業を要した期間・その収入額等を検討すると、過払いであることが判明したので、右過払金の内金四、一二八、七八四円と本訴状送達日の翌日である昭和五〇年二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴請求に及んだ次第である。

二  請求原因に対する答弁

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2の事実は争う。事故の状況は反訴請求原因において主張するとおりである。

3 請求原因3の事実は認める。

4 請求原因4の事実中、(三)及び(四)は認める。(一)、(二)及び(五)については、原告が直接支払つたものであるから不知(被告は診療費及び看護料は負担していない)。(六)については入院中の諸雑費として原告主張金額を原告が支出した事実は認めるが、被告が本件事故当時所持していた時価一八万円相当のスイス製腕時計(ローレツクス)が破損したことによる損害賠償の支払は受けていない。

5 請求原因5ないし7の事実は争う。

6 (被告の無過失)

本件事故発生時の被告の行動について、原告は被告が突如急に後退したため本件事故が発生した旨主張する。しかし、右主張に添う証拠は、橘田の供述及び甲第一三号証の冨山の捜査官に対する供述(但し、冨山は「突如急に」後退したとは供述していない)しかない。この点について、被告は捜査段階から一貫して「背後からはね飛ばされた」と供述している。原告主張の後退の状況下では、被告の左側に加害車両が衝突している筈である。ところが、甲三号証・甲四号証の各診断書によると、被告の受傷は右大腿骨々折、右第二・三・四・五肋骨々折、右肩胸部挫傷、右膝関内出血腫、右肘手背、左膝肘、右第一趾打撲及び擦過傷、頭部外傷等であり、左側の負傷は軽く、ほとんど右側の負傷であるところから、被告は右側に最も強い衝撃を受けていることが明らかであり、原告主張はこの点に矛盾がある。また、一般的に突如急に後退するという行動は、驚愕などの特別の事情のない限りしないのである。当時被告が突如急に後退するべき特別の事情は全くなかつたのでこの点からも、原告の主張には無理がある。

本件事故発生当時の被告の行動は、冨山が当公判廷で証言した如く、西方を向いてセンターライン寄りの方に斜め前方に向つてゆつくりと歩いていたと認定するのが正しい。

また、橘田の供述では当時時速四〇粁で走行していたのであるから毎秒約一一米の速度であり、従つて、橘田が被告の挙動を発見し得る地点は、衝突地点より、数十米手前である。橘田が前方注視をしていたなら、当然にクラクシヨンを鳴らしてしかるべきであるのに、クラクシヨンは全く鳴らしていない。このことから橘田はわき見運転かいねむり運転をしていた疑いが強い。仮にそうでなかつたとしても橘田のこの前方不注意の程度は大であるといわなければならない。更に事故現場は工事中であるから当然に少くとも時速二〇粁位に減速して走行するのが妥当なところであるのに、四〇粁もの高速度(因に国道二号線の阪神間の最高速度制限は時速四〇粁である)で走行していたこと自体にも重大な結果を発生させた一因がある。いずれにしても、工事現場通過の際には、騒音の中で人夫が作業しているのであるから、車の音に気付きにくい状況であるから運転者は、通常の道路と異なり、前方注視を厳にし、安全速度で走行し、人夫を発見すればクラクシヨンを鳴らすとともに直ちに徐行して通過するのが当然であるのに、これらの基本的注意義務を果さなかつた橘田の過失は極めて大である。

被告は当時騒音のため車が背後から来ていることを知らなかつたのであり、しかもゆつくりと作業のため歩いていたのであつて過失はない。なお、原告は交通規制人を配置していなかつた点も被告の不注意と主張するが、当然人夫が交替で交通整理に当つていたのであり、この主張は全く証拠に基づかないものである。

Ⅱ  (反訴)

一  請求原因

1 (本件事故)

被告(反訴原告)は、昭和四八年四月二三日午後三時三〇分頃、神戸市垂水区押部谷町木見九二四の七番地先県道神戸三木線路上において、道路補装作業中、東方から西方に向つて進行中の原告(反訴被告)の従業員である訴外橘田求運転の原告所有の大型貨物自動車(神戸一き一三三六号)の左前部が被告に衝突し、被告は道路外の南に跳ね飛ばされ、それがために被告は右肩胸部挫傷、右第二・三・四・五肋骨々折、右大腿骨々折(転子下)、右膝関節血腫、右肘手背、左膝肘、右第一趾打撲及び擦過傷・頭部外傷(Ⅱ型)、頭部打撲挫傷、頸部捻挫等の重傷を負い、更に後遺障害として、右大腿部に約二一糎・左大腿部に約七糎の醜状痕(手術痕)を残し、左下肢は右下肢に比し二糎短縮し、更に股関節・膝関節・足関節・肩関節に機能障害を残した(後遺障害第一一級該当)。

2 (損害金額)

被告は本件事故により合計金四一、〇六〇、〇〇〇円の損害を受けた。その内訳は次のとおりである。

(一) 休業による損害 金一〇、三〇〇、〇〇〇円

(1) 被告の昭和四八年一月初めから同年四月末迄の間の総収入は金五、三九九、七五九円である(明治コンサルタント株式会社から請負つた神戸三木線舗装工事代金二、七三〇、〇〇〇円と高成土木株式会社から請負つた工事代金二、六九九、七五九円との合計)。

(2) この収入に対して支出された経費は金二、八二三、二八〇円である(労務費金二、二七二、〇〇〇円と大日本合材に支払つた資材費金五五一、二八〇円との合計)。

(3) したがつて、被告の一か月平均の純益は(1)から(2)を控除した残額の四分の一である金六四四、一一九円となる。

(4) 右(3)の金額に休業期間の一六か月を乗ずると、金一〇、三〇五、〇〇〇円となる(千円未満切捨)。

(二) 後遺症による逸失利益の損害 金二六、六二〇、〇〇〇円

被告は昭和一一年三月一二日生れであつて、満六七歳迄稼働し得るとして将来二八年間稼働し得る。このホフマン係数は一七・二二である。被告は後遺障害一一級に該当するので、その労働能力喪失率は少くとも二〇%であると推定される。したがつて、次のとおりの計算となる。

644,119円(純益平均月額)×12月×20/100×17.22≒26,620,000円

なお、被告は本件事故によつて長期間の入・通院をし、この間取引先を失つたことや、後遺症のため、一人夫に成り下り(乙一号証で明らかの如く一日働いて九、〇〇〇円の労務賃金しか得られない)現実は稼働能力二〇%以上の減少になつている。

(三) 慰藉料合計 金三、一四〇、〇〇〇円

(1) 入・通院中の慰藉料 金一、六五〇、〇〇〇円

被告は入院三三七日間(約一一か月余)・通院一三〇日間(約四か月)の重傷であり、日弁運交通事故相談センター発行の交通事故損害額算定基準に照らすと、その慰藉料は金一、六五〇、〇〇〇円となる。

(2) 後遺症による慰藉料 金一、四九〇、〇〇〇円

被告は後遺障害一一級に該当するから、右算定基準によると、その慰藉料は金一、四九〇、〇〇〇円から一、一九〇、〇〇〇円となつている。後遺症の程度特に上顎側切歯冠破損、上第一小臼歯冠破損、下顎第二大臼歯破折が斟酌されずに一一級と査定されているから、右事情を斟酌するとその慰藉料は最高額金一、四九〇、〇〇〇円とされるべきである。

(四) 弁護士費用 金一、〇〇〇、〇〇〇円

(五) 以上を合計すると、被告の損害は合計金四一、〇六〇、〇〇〇円となる。

3 (損益相殺)

被告は原告から休業損に対する賠償金として金六、五〇五、〇〇〇円の支払を受け、また自賠責保険から後遺障害保険金七五〇、〇〇〇円の支払を受けた。前記損害金合計金四一、〇六〇、〇〇〇円から右受領金合計金七、二五五、〇〇〇円を損益相殺すると、結局未賠償の損害金は金三三、八〇五、〇〇〇円となる。

4 (原告の責任)

原告は貨物運送業を営み、本件事故加害車の運行供用者であるから、自賠法三条により本件事故によつて被告に生じた右損害金三三、八〇五、〇〇〇円を賠償すべき義務がある。

5 (結論)

よつて、被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し金三三、八〇五、〇〇〇円と内金三二、八〇五、〇〇〇円(弁護士費用分控除)に対する昭和四八年四月二四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1 請求原因1の事実中、被告の主張する日時・場所において事故があつたこと、その事故は被告と原告会社従業員橘田求運転の車との間の事故であつたことは認めるが事故の態様は争う。右事故は接触事故である。右事故により被告が頭部外傷Ⅱ型、頸部捻挫、右第二・三・四・五肋骨々折、右膝関筋血腫、両肘・右手・左膝打撲、右大腿骨転子下骨折の傷害を受けたことは認める。後遺障害の点は不知。

2 請求原因2の事実は争う。

3 請求原因3の事実中原告が休業損として金六、五〇五、〇〇円を支払つたこと、被告が後遺障害保険金七五〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、その余は争う。

4 請求原因4の事実中、原告の業務及び原告が本件事故加害車の運行供用者であることは認めるが、その余は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  (当事者間に争いのない事実)

本訴原告(反訴被告、以下単に原告という)が運転手として使用する訴外橘田求が本件事故を起したこと、本件事故により、本訴被告(反訴原告、以下単に被告という)が本訴請求原因3記載の傷害を受け、同3記載の診療を要したこと、原告が被告に対し休業損の賠償として金六、五〇五、〇〇〇円、通院費用として金一七六、五九〇円、カラーテレビ・イヤホーン・タイムスイツチ・時計代及び雑費として金二九二、一〇二円を支払つたこと、被告が後遺障害保険金七五〇、〇〇〇円を受領したことは、いずれも当事者間において争いがない。

また、賠償金額の点にこそ争いがあるが、原告が被告に対し本件事故による損害を賠償する義務を負担するに至つたことも、当事者間に争いがない。

二  (被告の受傷及び後遺障害)

成立に争いのない甲第四号証の一、第八号証の一(原本の存在・成立についても争いがない)及び第一七号証並びに被告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告は本件事故により頭部外傷(Ⅱ型)、頭部打撲傷、頸部捻挫、右肩胸部挫傷、右第二・三・四・五肋骨々折、両肘部・右手・左膝部打撲擦過傷、右大腿骨々折(転子下)、右膝関内血腫並びに口内損傷及び上顎側切歯冠破損、上第一臼歯冠破損、下顎第二大臼歯破折の傷害を受けたこと、その結果、長期間の診療を経たにもかかわらず、後遺障害として右大腿部に約二一糎・左大腿部に約七糎の醜状痕(手術痕)を残し、左下肢は右下肢に比し約二糎短縮し、股関節・膝関節・足関節・肩関節に機能障害を残すこととなつたこと、がいずれも認められる。

三  (損害金額)

1  治療費 金四、四四〇、四四七円

成立に争いのない甲第三号証の二、第四号証の二、第五号証の二、第六号証の二及び第七号証の二、証人佐藤威光の証言により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証並びに弁論の全趣旨によれば、被告は本件事故による前記傷害を治療するため、合計金四、四四〇、四四七円の治療費を要したこと及び右治療費は全額原告が負担したことが認められる。

2  看護料 金六六五、三八二円

前記甲第一〇号証及び証人佐藤威光の証言並びに弁論の全趣旨によれば、被告は右傷害治療のために入院中、合計金六六五、三八二円の付添看護婦料を要したこと及び右看護料は全額原告が負担したことが認められる。

3  休業による損害 金五、六〇〇、〇〇〇円

被告は昭和四八年四月二三日(本件事故日)から、途中短期間を除き、同年七月六日まで入院治療し、同年七月七日から同年八月二日まで通院治療した事実は当事者間において争いがない。右長期入院の事実と被告の職業が肉体労働を必要とするものである事実とを考え併わせると、被告は本件事故により一六か月(八月二二日迄)就業できなかつたものと認めるのが相当である。

次に、被告本人尋問(第一ないし第三回)の結果及び証人佐藤威光の証言並びに同証言により真正に成立したものと認められる甲第二一号証とを総合して考えると、被告は本件事故当時平均月収として金三五万円を得ていたものと認められる。被告本人(第三回尋問)は月収として金一〇〇万円以上を得ていた旨供述する。また、成立に争いのない甲第二五号証の一、二、証人宮地徹の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証及び証人高橋賢造の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証によれば、事故当時における被告の総収入(必要経費控除前のもの)は相当多額であつたことが認められる。しかし、必要経費を厳密に記載した帳簿書類がないこと(被告主張の如く、総収入から単純に材料費と人夫賃を控除した残額が被告の純収入と考えることができないことは明白である)及び被告が所得税の申告を全然していなかつた事実に照して考えると、被告の平均月収が被告主張の如く多額であつたと認めることはとうていできない。

そうすると、被告が本件事故により就業できなかつた期間(一六か月)に得られるべき収入は金五六〇万円(三五万円×一六=五六〇万円)となり、これが休業による損害金となる。

4  後遺障害による逸失利益の損害 金一三、三四四、八〇〇円

被告は昭和一一年三月一二日生れであるから、本件事故当日から六五歳まで将来二八年間稼働しうると認めるべきである。そして、前記後遺障害の程度を勘案すると(被告の職業が肉体労働を主とするものであるのに対し、左下肢の短縮及び関節機能の障害は重大である)、被告は将来にわたり二〇%の労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。前記のとおり被告の年収は四二〇万円(三五万円×一二=四二〇万円)であると認められるから、被告が後遺障害により喪失した将来の収入の現価額を新ホフマン係数により算定すると次のとおりとなる。

〈1〉  420万円(年収)×17.22(ホフマン係数)=72,324,000円(全将来収入の原価額)

〈2〉  72,324,000円-5,600,000円(休業損として計算した金額)=66,724,000円(労働能力20%喪失の対象となる将来収入の原価)

〈3〉  66,724,000円×20/100(労働能力喪失率)=13,344,800円(後遺障害による逸失利益の現価)

5  通院費用 金一七六、五九〇円

原告が被告に対し被告の要した通院費用として合計金一七六、五九〇円を支払つたことは、当事者間に争いがない。右金額は被告が本件事故により被つた損害と認められる。

6  付添人ふとん代 金二二、〇二〇円

前掲甲第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、被告入院中の付添人ふとん代として金二二、〇二〇円を要したこと及び右費用は全額原告が負担したことが認められる。これも被告が本件事故により被つた損害と認められる。

7  入院雑費 金二〇二、一〇二円

前掲甲第一〇号証及び証人佐藤威光の証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告は被告に対し入院雑費として金二〇二、一〇二円を支払つたことが認められる(支出金二九二、一〇二円から被告がテレビの代金として返戻した金九〇、〇〇〇円を控除)。これも本件事故により被告が被つた損害と認められる。

8  慰藉料 金二、九九〇、〇〇〇円

被告は本件事故により、入院三三七日間(一一か月余)・通院一三〇日間(約四か月)を要する重傷を負つたから、右入・通院期間中の精神的・肉体的苦痛に対する慰藉料は金一五〇万円が相当と認める。

また、被告は右の如き長期間にわたる診療にもかかわらず、前記のとおり後遺障害を一生持続する身体となつたものであるから、右後遺障害に対する慰藉料は被告主張のとおり金一四九万円が相当と認められる。以上の慰藉料を合計すると金二、九九〇、〇〇〇円となる。

9  以上の損害額の合計は金二七、四四一、三四一円である。

四  (過失相殺)

成立に争いのない甲第一二号証の一ないし三、第一三号証、第一五号証及び第一六号証の一並びに証人森本和成及び同富山宗政の各証言を総合して考えると、本件事故の最大の原因は、道路の北側半分が工事中のため通行禁止となつており、その工事現場ではコンプレツサーや斫作業用機械が非常な騒音を出して作業中であつたため、通行可能道路部分南端で立話しをしている被告(作業従事者)が接近中の加害車両に気付いていない状態にあることが看取されたのであるから、加害車両運転の橘田としてはクラクシヨンを鳴らし、かつ徐行する等注意深く被告の傍らを通過すべきであつたのに、これらの注意義務を果さず、漫然と被告との間隔約一米を残して通過できるものと考えて時速約四〇粁で進行した橘田の過失にあることは勿論であるが、他方被告が、道路を進行してくる車両の有無を確認しなかつたため加害車両の接近に気付かず、車道内に突然入つてきたことも本件事故の一因であると認められる(右認定に反する被告本人の供述は採用できない)。

被告(被害者)の右過失を斟酌すると、原告が負担すべき賠償額は被告に生じた損害の八割と算定すべきが相当と認められる。前記三認定の被告の損害金額合計金二七、四四一、三四一円の八割は金二一、九五三、〇七二円となる。

五  (弁済及び損益相殺)

原告が治療費金四、四四〇、四四七円、看護料金六六五、三八二円、通院費用金一七六、五九〇円、付添人ふとん代金二二、〇二〇円、入院雑費金二〇二、一〇二円を既に負担していることは前認定のとおりである。また、原告が被告に対し休業による損害金として合計金六、五〇五、〇〇〇円を既に支払つたこと及び被告が自賠責保険の後遺障害保険金七五〇、〇〇〇円を受領したことは、いずれも当事者間に争いがない。すなわち、以上合計金一二、七六一、五四一円については被告の損害が既に填補されていることになる。

六  (原告の賠償すべき損害金額)

前記四認定の過失相殺後の被告の損害金二一、九五三、〇七二円から前記四認定の弁済及び損益相殺合計金一二、七六一、五四一円を控除すると、金九、一九一、五三一円となる。

そして、本件訴訟の経緯その他諸般の事情を考慮すると、原告に賠償させるべき被告負担の弁護士費用は金六〇〇、〇〇〇円が相当と認められる。

結局、原告が被告に対し賠償すべき未賠償の損害金は以上の合計金九、七九一、五三一円となる。

七  (原告の本訴請求について)

以上認定のとおり、原告は被告に対し、既に支払つた賠償金額の外に、金九、七九一、五二一円の損害賠償債務を負担しているといわざるをえないから、原告の支払金が被告の不当利得となることを原因とする原告の被告に対する本訴請求が認容されえないことはいうまでもない。

八  (結論)

以上の事実によれば、原告の被告に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却し、被告の原告に対する反訴請求は損害賠償金九、七九一、五三一円と内金九、一九一、五三一円(弁護士費用分控除)に対する昭和四八年四月二四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条・九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 庵前重和)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例